第一飛行クラブ 広島 グライダー

この記事は、元自衛隊教官で、長年航空自衛隊に勤務され多くのパイロットを育て上げられた澤井さんに、「これまでの経験を後輩パイロットにぜひ教えていただきたい」とお願いし、特別に寄稿していただいたものです。
現在は、退官され第一飛行クラブ広島で趣味として空を楽しんでおられます。
お忙しい中、記事を書いていただきました澤井さんに深く感謝いたします。
(C) First Flying Club HIROSHIMA  2001

第9回 「フキュオカコントロール」

航空交通管制は英語を使うことが原則ですが、要求は「リクエスト○○」タワーからは、承認なら「クリアー○○」ですし、不承認なら「ホールド」とか「ネガティブ」とかの返事がくるので比較的簡単です。難しいのは米国人の話す本当の英語を聞き取ることです。彼らは生まれた時から英語を話している、いわゆる「ネイティブスピーカー」ですから当然ですが、巻き舌の早口で喋る英語の聞き取りには苦労します。

東南アジア系の人の英語は割合聞きやすいのは彼らが「ネイティブスピーカー」ではないからかも知れません。アメリカ人のしゃべる日本語のローマ字表記が英語と同じように発音するため表題のような発音に聞こえるわけです。例えば彼らの地図に書いてある日本の地名は当然ローマ字ですが、これが福岡(FUKUOKA)がフキュオカになり、入間(IRUMA)がアイルマに、沖縄(0KINAWA)がオカナワに、公文(KUMON)がキューモンに、100番がヒャカバンになります。一般的にカ行の発音が苦手のようで、かきくけこが、キャ、キィ、キュ、ケ、キョに聞こえます。
岩国は海兵隊の基地ですから海軍式の用語が多く戸惑うことがあります。例えば、着陸復行(ゴーアラウンド)のことを(ウェイブオフ)といいますし、使用ランウェイも01のことを「ランウェイワン」と言ってきます。海軍の着陸は空母の着鑑を想定して訓練しているので、トラフィックは600フィート、脚下げのまま左旋回してランウェイ上の丸いサークルにどかんとぶっつけるように接地するのが基本だそうで、小月ではそのような訓練が見られます。

最近はいろいろな職業に女性の進出が見られますが、昭和40年代、米軍の横田コントロールは既に女性が活躍していました。T-34でIFRで入間に進入する時、大島で横田コントロールとコンタクトすると女性コントローラーが早口で指示を出していたのを思い出します。現在の広島西飛行場が広島空港だったころ、出発のクリアランスを要求しようとしたら、隣に駐機していたドラゴンエアーのIFRクリアランスの要求が聞こえましたが、これが女性のコパイで広島タワーの管制官も女性の声で答えていました。

昭和59年ころ、青森県の三沢基地は一時海軍のP-3Cの基地になっていたのを再び空軍の部隊が展開することになり、F-16が2個飛行隊54機の訓練が盛んに行われていました。最初の飛行隊のコールサインが「ショーグン」で次の飛行隊が「サムライ」だったと記憶していますが、1本のランウェイにF-16、P-3C、空自のF-1、E-2C、それに移動訓練中の松島救難隊のMU-2と速度の異なる飛行機が飛ぶので、プロペラ機のMU-2はなかなか着陸させてもらえませんでした。

それにしても三沢管制隊の管制官の英語力はたいしたもので、あの早口の英語をちゃんと聞き取っているのに感心しました。飲み屋で管制官と会ったとき「君達の英語力はたいしたもんだ、俺は尊敬してるよ。」と言って敬意を表したことがあります。新潟に飛んでくるロシアの定期便のパイロットの英語も特徴があり、重々しい発音で「ニャガタタワー アエロフロート○○アイエフアールクリアランス トウ ハバロフスク」「…サヨナラ スパシーボ」と言ってツポレフ154が黒煙をあげながら低い離陸姿勢で重々しく去っていきました。

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