第一飛行クラブ 広島 グライダー

この記事は、元自衛隊教官で、長年航空自衛隊に勤務され多くのパイロットを育て上げられた澤井さんに、「これまでの経験を後輩パイロットにぜひ教えていただきたい」とお願いし、特別に寄稿していただいたものです。
現在は、退官され第一飛行クラブ広島で趣味として空を楽しんでおられます。
お忙しい中、記事を書いていただきました澤井さんに深く感謝いたします。
(C) First Flying Club HIROSHIMA  2001

第35回 「ローカル空港

2009.07.08

1.富士山静岡空港

 6月に富士山静岡空港が開港しました。約20年前静岡県にも民間空港をという声に押されて当時の県知事、政界が決断したようです。当時私は浜松北基地にある飛行教育集団司令部監理部総務班長として勤務していました。ある朝のMR(モーニングレポート)で空港問題が話題になりましたが当方から意見を言える立場ではないのでそのまま雑談で終わりました。しかしわれわれの飛行運用には影響が出るだろうということは予測できました。静浜飛行場から約7マイル、浜松から約10マイルでバッフアーゾーンは重なることになります。新幹線で東京まで1時間あまりの静岡県に果たして民間空港は必要なのか大きな疑問があります。当時民間空港の無い県は福島、栃木、群馬、埼玉、千葉、静岡、兵庫、佐賀くらいだったと思います。測量を始めてみると牧の原台地の下を新幹線のトンネルが通っていること、予定地の中に国宝級の寺院があり移転の必要があることなど新聞に報じられていました。 

2.新北九州空港

  数年前に旧小倉空港が沖合に移転して新北九州空港が開港しました。旧小倉空港は所在地の地名から曽根飛行場とも呼ばれていましたが昭和50年代に私が訪れたときは定期便は無く新聞社やテレビ局の社有機、民間機訓練会社等があるだけで寂れた感じの空港でした。新聞報道によると北九州財界から「飛行機に乗るためになぜわれわれがわざわざ博多まで行かなければならないのだ」という声が上がり強引に計画を進めたもののようでした。政治家にとって一県一空港は民意を反映するいかにもおいしい話に見えたのかも知れません。小倉、博多間は新幹線でわずか30分ですがこういう理屈も通るということのようです。  

3.福岡ACC

 昭和45年、12飛教団の安全班長のとき、防府管制隊の管制班長から「今度福岡ACCに用事があるので私の車で一緒に行きませんか」と誘われて福岡ACCに行きました。

 暗いコントロールルームの中でACCの管制班長の説明を聞いていると西瀬戸内の狭い空間に多くの飛行場があって管制官が苦労している実態がよく分かりました。東から岩国、防府、宇部、小月、北九州、築城、大分と8個の飛行場があり、どこかの飛行場にIFRの出発・進入機があると隣接する飛行場の運用は制限せざるを得ないというのが実態だったのです。今は日本全国国土交通省の監視レーダーが整備され、小型機でもSIFを装備しているので安全ですが狭い国土に役に立たない空港が多すぎると思っています。当時私は防府にADFアプローチの設置する仕事に関係していたのでよく分かりました。 

 4.ハコモノ行政

  政治家は地元に対して利益誘導をして次の選挙を確実なものにしたいという宿命を負っていますが自分の任期中に名を残そうとして採算性の低い建物、会館、博物館、美術館等のハコモノと言われる建物を建てる傾向があります。採算性については過大な予測をもとに建設を進め、数年したらタダの廃墟となっていたという話は全国にあります。限られた国の予算を声の大きな政治家の地元に多く配分する政治のありようは今も変わっていないようです。「熊しか通らない高速道路」が第二の国鉄なら航空会社が採算性の低さから定期便の就航に踏み切れないローカル空港は第三の国鉄になりかねません。その後も空港は続々誕生していて庄内、能登、但馬、石見、佐賀、神戸空港等いずれも定期便が少なく活用度の低い空港が増えているようです。石見空港に行ったとき、出雲そばが食えると思ったら定期便が一日二便しかないので業者も力が入らずカレーを食べて帰りました。空港整備は国土交通省の「空港整備10ヵ年計画」に基づいて整備されているようですが必要性と利用予測に過大な数字が並んでいるのではないかと思っています。

5.広島西飛行場

 はっきり言って「見通しは暗い」と思っています。年間5億円の赤字を県と市が折半して負担しているそうですが市の言う「東京便の復活」も難しそうですし、県は広島空港までのアクセスが建設できず不便な空港として細々と運用しているようです。

 もう一つ、広島西飛行場は市街地に近すぎて大型機のトラフィックが取れない欠点があります。また、岩国の出発、進入経路と広島西飛行場の出発、進入経路が重なるという欠点もあります。

6.小型機業界

 平成2年、定年退職を控えて今後の進路を考えているとき、元空救団司令で民間商社の顧問になっていた方から電話があり[澤井、某宅急便会社が小型機で成田、羽田間の貨物輸送にセスナ208キャラバンを飛ばす計画がある。年収1000万円は保証すると言っているのでもし希望するならわしに言ってくれ]と言われました。しかしあのミルクの中を飛ぶような関東平野を航空路も無いままに飛ぶ気になれず丁重に断りました。

 日本の航空行政は小型機に冷たくいろいろな規制を設けて飛びにくくしているとしか思えません。あるテレビ番組でニューヨークの北部の自宅に滑走路のある17歳の高校生が専用のセスナを買ってもらってニューヨークのハイスクールに通っているという夢のような話が放映されましたがうらやましいと思いました。

 全国を低高度で飛んで見て感じるのは日本列島は山ばかりだが道をつければまだまだ利用可能な土地はあるということです。資本をどこに投下してどう生かすかを考えるのは政治家の仕事ですがまだまだ考えることはたくさんあるようです。・

  

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