第一飛行クラブ 広島 グライダー

この記事は、元自衛隊教官で、長年航空自衛隊に勤務され多くのパイロットを育て上げられた澤井さんに、「これまでの経験を後輩パイロットにぜひ教えていただきたい」とお願いし、特別に寄稿していただいたものです。
現在は、退官され第一飛行クラブ広島で趣味として空を楽しんでおられます。
お忙しい中、記事を書いていただきました澤井さんに深く感謝いたします。
(C) First Flying Club HIROSHIMA  2001

第24回 「短距離着陸」           


昭和40年代初め、ジープの部品補給のため車両器材整備員を乗せて陸自目達原(メタバル)へ行けという命令で気軽に防府を出発しました。もちろん初めての飛行場で、かなり短いランウェイだという程度の認識でした。航空路図誌によると2165×98フィートとありますが上空から見ると東半分は草地で西半分がコンクリート舗装されています。風は無風なのでR/W22で着陸しました。フライトプランはスルーフライトプランといって途中の離着陸が30分以内だと1本のフライトプランで運行できるようになっていました。離陸はタワーが好きな方向で離陸許可をくれたので東向きに離陸することにしてタクシーダウンしてみると西側にはフェンスの向こうは低い林があり、東側にはフェンスの向こうは池があるという地形です。短距離離着陸の手順に従ってフラップ30度、フルパワーでリリースブレーキして65ノットまで機首を押さえておいてごぼう抜きのような離陸に成功しました。R/Wの前半が舗装、後半が草地というのは初めての経験でしたが加速のためにはどちらがよかったのか後でヒャッとしたものです。目達原は飛行場ではなく場外離着陸場だったのです。

昭和50年ころ、航空総隊司令官S空将を佐渡空港から入間まで空輸せよという任務を受けて前日佐渡空港事務所に挨拶に行き、初めて佐渡空港に着陸しました。佐渡空港は新潟県営の空港で、R/Wは10/28、長さは2920×82フィートで東から西にゆるい上り坂になっています。西側にはかなり気になる山があり、とても西向きに離陸する気にはなれません。当日は東側の加茂湖方面から進入して接地後すぐフラップアップ、プロペラリバース一杯使って問題なく着陸しました。離陸は10のエンドぎりぎりまで行ってターンしフラップ30度フルパワーで下り坂で加速して100ノットまで待ってごぼう抜きの離陸に成功しました。このフライトには余談があり、入間のハイドラント給油で苦労しましたがこれは別の機会に譲ります。 

  昔、輸送航空隊の戦技競技会でC−1の短距離離着陸という課目があり、その練習中にブレーキを掛けすぎてフラットタイヤしたという話を聞きました。F−104導入後はほとんどの飛行機にABS(アンチロックブレーキシステム)がついているはずですが、タイヤに重量がかかっていない状態で過大なブレーキを使うとパンクするのは当然です。ブレーキによって飛行機を停止させるということはどういうことなのか原理をよく理解していないと意味がありません。  



Web designed by広島のホームページ作成はこちら