第一飛行クラブ 広島 グライダー

この記事は、元自衛隊教官で、長年航空自衛隊に勤務され多くのパイロットを育て上げられた澤井さんに、「これまでの経験を後輩パイロットにぜひ教えていただきたい」とお願いし、特別に寄稿していただいたものです。
現在は、退官され第一飛行クラブ広島で趣味として空を楽しんでおられます。
お忙しい中、記事を書いていただきました澤井さんに深く感謝いたします。
(C) First Flying Club HIROSHIMA  2001

第2回 「高高度飛行」

私はジェット機の経験は少ないのでさほど多くは語れませんが、数少ない経験の一つをお話しましょう。

あれは昭和37年、浜松の第1航空団で私がF−86Fの戦闘機操縦課程の学生のころの話です。ある朝教官が「今日は高高度飛行をやる。高高度での舵とパワーの効きをよく覚えるように」と言って4機編隊で離陸しました。リーダーの左翼に2番機が、右に3&4番機が付くノーマル編隊です。
ノーマル編隊ですから外や計器を見る余裕はありませんが、編隊は潮岬に向かってどんどん高度を上げて行きます。F−86Fは海面付近では5,000フィート/分程度の上昇率ですが、330ノットの定速上昇ではやがて上昇率が鈍ってきます。潮岬から淡路島、神戸、能登半島と上昇を続け、やっと40,000フィートになりました。編隊は更に上昇を続け、ちらっと計器を見ると45,000フィートになっていました。この間約30分くらいだったと思います。
気圧は18,000フィートで約1/2、36,000フィートで約1/3になるといわれていますが、そういえば段々舵とパワーの効きが悪くなってきました。舵もパワーも使ってしばらくしてから効いてくるという感じです。パワーをアイドルまで絞っても回転計は通常65%ですが80%あたりを指しており、機体もふらふらする感じです。
やがて教官の「スピードブレーキ・ナウ」という号令で全機スピードブレーキを出して降下を始め、北アルプスを越えて左に富士山を見ながら浜松に着陸、約1時間のフライトでした。 F−86Fの与圧は、5psi(Pound per sqere inch)つまり、1平方インチ(0.065平方センチ)に5×453.6グラム=2268グラムの圧力がかかっています。旅客機では8psiくらいが普通ですから、戦闘機乗りはかなり厳しい条件下で働いていることになります。
これは戦闘機が被弾した時、機内圧と機外圧の差が大きいと急減圧という現象が起こり、一瞬霧が発生して体にも大きな負担がかかるので、内外の圧力差を小さくする理由からです。
地上付近で15度Cの気温も45,000フィートでは−45度くらいになります。-45度Cでは人間の血液は瞬時に沸騰するといわれています。このため、規則では45000フィート以上の飛行をする時は耐圧服を着用するように定められています。 F-104の乗員が時々着ている宇宙服のような服でヘルメット、手袋等全てオーダーメイドで、一着数百万円するそうです。
T-33での高高度飛行は、阿蘇山上空で35,000フィートくらいまで経験しましたが、 30,000フィートを越えると確実に腹が膨れてくるのが分かります。その上酸素が加圧呼吸になるので吐きだすとき意識して吐き出さないとうまく呼吸が出来なくなります。与圧が2.75psiと5psiの差が分かりました。飛行服がつなぎになっている理由もこれで理解出来ました。
最近のエアラインの飛行高度は、40,000フィート前後ですが、これは空気密度が小さくなると空気抵抗が減少することと、燃料節約が主な理由です。空気と燃料の混合比率は理論的には15:1ですが、空気が少なくなればこの比率で燃料も少なくて済むからです。
よく映画の中でハイジャッカーが派手に鏡を撃ちまくる場面がありますが、この気圧差を考えればとんでもない話で、45,000フィートで機体に穴が開けば中の物は急激に外に吸い出されて人間の力では到底抵抗出来ないほどの力がかかります。
私がT−33やF−86Fで飛んでいたころは20,000フィート以上を飛んでいる民間機はまだ少なく、たまにDC−4やDC−6が飛んでいるのが見られる時代で、思えばのんびりした時代でした。

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